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毎週金曜〜イワモトサロン〜vol 26

70億人のフォロワーの皆様、おはようございます、こんにちは、こんばんわ。

金曜 岩本康平の ~ イワモトサロン ~  でっす!

 

毎週 金曜、岩本康平の心に突き刺さった モノ、コト、ヒト、ウタ などなどをお届けするジャングルジム的実験サロン。

時に美容師として、時に一人の男として、想いを紡ぐ プレイグラウンドとなっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨年から「 岩本さん、何か物語を書いてみたら。」と言っていただくことが稀にあり、どうだかなあ、と恐縮していたのですが、年が明けると なんとなく調子に乗り 何か故郷を舞台にしたものはできないかと構想を練り始めておりました。

いい感じの喫茶店を発見した時や、眠れない夜など、ちょこちょこ筆を取っていたのですが、といってもiPhoneのテキストに打ち込んでいたわけですが、今って本当に便利ですよね。airdropで たちどころにシェア出来ちゃいますもんね。

 

 

というわけで、処女作 「 辻風と犬 」という作品を 誠に僭越ながら上梓致します。

 

この春、いまくま書房より発売するとかしないとか!?

 

 

朝の通勤時に、眠れない夜のお供に、ふらりと覗いていただければ暇の潰しになるかと思いますので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 辻風と犬 」    

 

 

 

作 岩本 康平

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 ある日の夕暮れ時でありました。

薄暗い絵馬堂の冷んやりとした一枚岩に腰を下ろし、空をぼんやりと眺める見窄らしい若者と犬がいます。若者の名を辻風黄平、犬の名を彦といいます。辻風は元来金持ちの息子でありましたが、今では財産をすっかり使い果たし哀れな身分となってしまっていたのです。となりにいる背の低い犬はと言うと、辻風家が裕福だった頃、数多(あまた)の海を渡らせて取り寄せた変わった犬で、美しい歌を歌うことのできる不思議な犬でありました。

 

辻風は先ほどから絵馬堂の柱に身を凭せ、着物の裾の解れたのを触っては橙色の肋雲を眺めています。

 

「ああ、腹は減ったし、金もないし、今夜泊めてくれそうなところもなさそうだし、いっそのこと橋から身を投げてしまおうか。」

 

先ほどから そのようなことを考えては溜息をついていました。犬はというと辻風のそばで腹を空かせて横たわっています。

   昼間のうちは旅人や物売りや学生で賑やかな天満宮も、日が沈むと赤門は閉じて人の行き交いなくなり、今では僅かに月光が射すのと本殿の向こう側で ぽつりぽつりと熟れた鬼灯のような提灯が見えるぐらいなものです。そんな寂しい景観も辻風の心に一層の悲愴感を落とすようでした。

 辻風は痩せた背中を丸めて犬に何か気の晴れる歌を歌ってくれないか と言うと、犬はむくり立ち上がり一呼吸置いたと思えば美しい歌を歌いだしました。その美しさと言えば、草木にも耳があるのでしょうか、その辺の雑草が ざわざわと揺れ、木々は わさわさとそよぎ、どこからか虫や蛙や蝙蝠が寄ってきて じっと歌を聴いているのです。

 

 

 

 

  Moon river, wider than a mile

 

I'm crossing you in style some day

 

Old dream maker, you heart breaker

 

Wherever you're going 

 

I'm going your way

 

 

 

二、

 

 

 

 美しい犬の歌が終わると、草木は元にもどり、虫や蛙や蝙蝠はいつしか居なくなっています。天満宮はふたたび静かで暗い闇に包まれました。すると、いつからそこにいたのか、白い長髭の老人が杖をついて立っています。軽い会釈をする辻風に、老人はこう言いました。

 

「儂(わし)は宝満山に住まう仙人である。どこからか歌が聴こえてきたので山を下ってみると、歌っているのは犬ではないか。お前の犬は美しい歌を歌う。久しぶりに面白い思いをしたものだ。御礼にどんな望みも叶えてやろう。儂は宝満山の竈門仙人だ。」

 

辻風は目を見開いて驚いていました。そして、しばらく考えたあとに、

 

「 竈門様、先程どんな望みも とおっしゃいましたが、それでは私たちに山のような金銀財宝をくれませぬか。」

 

 と言って目を伏せています。すると、竈門仙人(かまどせんにん)は、

 

「 それしきのこと屁でもないわい。よかろう、それでは明日の朝 あそこに見える麒麟(きりん)の像の足元を掘ってみなさい。」

 

と言って、どこからか靄が立ち込めたと思うと、杖をついてその中へ消えていきました。

絵馬堂はふたたび しんとした静寂に包まれ、辻風と犬、見上げれば細い月の下で蝙蝠が二、三匹はらはらと舞っていました。

 

 翌朝日が昇る頃、辻風は竈門仙人の言う通り麒麟の像の足元を掘り起こしていました。すると、次から次へと宝物が出てくるではありませんか。目が眩むようなたくさん宝物は、車があっても乗り切れないほどです。

 

 

 

 

三、

 

 

 

 ついに辻風は街で随一の金持ちになりました。辻風の大きな屋敷と言ったら、金や銀や琥珀で誂えた調度品がずらりと並んでいたり、使用人を何人も雇って 家中至る所に西洋の花を飾らせていたり、庭には用心棒とそれから立派な白虎を放し飼いにしていたり、池庭には向こう側まで橋を架け そこへ美しい錦鯉を何匹も泳がせてみせたり、どこを切り取ってもまるで美しい絵のようです。そうすると、次第に友達が辻風を尋ねる様になりました。人の心は卑しいもので、金持ちから一変 貧乏になると、街ですれ違っても眼さえ合わせなくなった友達も大金持ちの辻風を訪ねるようになったのです。それからというもの、毎晩々々 盛大な夜会が行われました。が、それは贅という贅を尽くしたもので、その華やさと言えば ここでは語りきれません。友達が友達を呼び、さらにその友達が友達を呼び、終いには街で美男美女と言われる若者に、辻風の屋敷へ足を運んだことのない者はいないほどになりました。

 

そのような調子で一年 二年とあっという間に過ぎましたが、金には限度があるもので、三年目の春にとうとう辻風の財産も底を尽いてしまったのです。

 

 

 

 

四、

 

 

 

 夜闇に包まれた天満宮絵馬堂で、辻風は冷んやりとした一枚岩に腰を下ろし、先ほどからどこを眺めるともなく眺め 物思いをしていました。

金がなくなった辻風を泊めてやる者は、もう誰もいません。それどころか、誰彼と街で出食わしても もう誰も相手をしてくれる者はいないのです。辻風は 足元に蝶の死骸をせっせと動かす飴色に黒光りした蟻を見つけると、己の生き恥と人の本質とを考えていました。犬は時折 主人の顔を覗いては心配そうにしています。宝満山の上には棚引く雲とその上にぽかんと月が浮かび、月明かりが霞に反射すると辺りはまるで蒼白い衣笠を垂らしているようです。犬は辻風の心中を察してか、むくりと立ち上がり一呼吸置くと美しい歌を歌い出しました。風がそよぎ、草木はざわめき、獣や鳥が寄ってくると大人しくしています。

 

 

 

 

And now, the end is near;

 

And so I face the final curtain.

 

My friend, Ill say it clear,

 

Ill state my case, of which Im certain.

 

Ive lived a life thats full.

 

Ive traveled each and evry highway;

 

But more, much more than this,

 

I did it my way.

 

 

 

 

 

膝頭にうなじを載せて聴いていた辻風が、歌も終わり顔を上げてみると歌に誘われてか 又もや竈門仙人が立っているではありませんか。仙人の目は何者の心も立ちどころに見透かしてしまうような目でありました。辻風は情けない気持ちや、恥ずかしい気持ちや、惨めな気持ちでいっぱいになり、涙が溢れてくるのを堪えました。

 

「 お前の犬の歌が聴こえてきたから久しぶりに山を下ってきた。誠に美しい歌であった。これまた面白い思いをしたから、御礼にどんな望みを叶えてやろう。」

 

竈門仙人はそう言うと、今度は犬のほうへ向き直り 愉快そうに袂(たもと)を一振りすれば、現れたものは なんとも甘い香りのする動物の骨でした。犬も腹を空かせていましたので、尻尾を振って骨に噛み付いています。 

 

そうして、しばらく考えたあとに 辻風は答えました。

 

「竈門様、私は考えておりました。私には たとえ有り余る富があったとしても、その器量がない事がわかったのです。それどころか富の恐ろしさを思い知った今、富も名誉さえも扱いたくない心持ちでございます。私が望むものと言えば、なんの変哲も無い閑寂(かんじゃく)たる毎日のそれだけでございます。有難くお気持ち頂戴致しますが、今の私には何も望む物はございません。」

 

犬を撫でていた竈門仙人は、それを聞くなり眉を顰めたように見えましたが、またしても横柄な調子で、

 

「 そうか、それは感心なことだ。しかし、生きていれば困難も訪れよう。お前の望む物が今はないにしても、いつかは望むかもしれぬ。その時は、あそこに見える大きな楠木の根っこを掘ってみなさい。きっとお前の望むものが埋まっているだろうから。」

 

と 言いうと、だんだん靄が立ち込め そのまま姿は消えてしまいました。

絵馬堂はふたたびしんとした静寂に包まれ、辻風と犬、それから丸い月の下で蝙蝠が二、三匹はらはらと舞っていました。

 

 

 

 

 

五、

 

 

 

 先ほどから辻風は、嬉しそうに骨をしゃぶる犬を摩ってやりながら 竈門仙人の言葉を反芻しています。

 

「彦よ、私は一体何がしたいのだろうか。これからどのように生きればよいのか。私もお前の持つ才能のように美しい歌を歌い 人々を夢見心地にできれば、それも天の意図した役目と言えようが。」

 

 いつしか天満宮の夜空が白けてきました。

絵馬堂の丁度背中に差し当たる心字池(しんじいけ)のほとりでは、気の急いた雀が もう水浴びを始めています。心字池には見事に鮮やかな朱色の太鼓橋が架かっていますが、今はうらうらと霞む朝霧の中から水面に淡い色を落としていました。

と、水面へどこからか一輪の波紋が広がったかと思えば、水浴びをしていた雀が駆けるように飛び立ち、その拍子か 木々から鳥達がいっせいに飛び立ちました。

心字池に目をやると、霧の立ち込める水面から茶碗のように丸い漆黒の目玉が二つ こちらを凝視しています。と思うと、そのまま頭を出したのは見たこともないような大きな蟹ではありませんか。池から上がるやいなや泥を引きずってこちらへやって来きます。姿をよく見ると甲羅は縦横に辻風よりも遥かに大きく、鋼の粉を荒々しく塗したような蟹鋏を 高々と挙げてみせています。

 

「 俺はこの500年、池の底で神夢をみてきたが、これほど美しい歌を聴いたのは初めてだ。そこで、その犬がどんな味がするのか心底喰らってみたい気持ちになった。黙って俺に渡すか、さもなくば力尽くでやるまでよ。俺は心字池に棲む、髑髏蟹ノ卍郎様だ。」

 

がちんがちん、と牛より大きい蟹鋏を鳴らすと 九本の足を曲げてこちらへ歩み寄ってきます。犬は髑髏蟹を見るなり 先ほどから背中の毛をおっ立てて雷のように吠え猛っています。

 

辻風は腰を抜かしそうになりましたが、恐る恐る

 

「髑髏蟹様、この犬は私とどんな時も苦楽を共にした たった一匹の家族でございます。喰らいたいとおっしゃるのなら 変わって私を喰らいなさってはいかがでしょう。どうかご勘弁を。」

 

と、言って 今度は平伏し懇願しました。が、

 

「 俺はそこの犬を心底喰らいたくてしょうがないのだ。喰らった暁には俺が変わって美しい歌を歌ってみせてくれよう。」

 

気味の悪い泡を方々へ垂らし ふたたび鋏を鳴らすと、やはりこちらへ地響きを上げて歩んできます。

 

と同時に、

牙歯を剥き出した犬は、どっぷりと肥えた髑髏蟹の腹へ向かって 稲妻のように飛び掛かっていったのです。

 

 

 

 

六、

 

 

 

 

 犬の鋭い牙歯は確かに蟹の雁首へ喰い入りますが、厚い甲羅で覆われた急所へ一撃を与えるどころか片方の蟹鋏で払い退けられると、そのまま勢いよく地面に叩きつけられます。

辻風は何度も犬の名を叫び 逃れるようにと呼び掛けますが、犬は立ち上がると一文字に髑髏蟹へ飛び掛るのです。

そこで、辻風は竈門仙人の言葉を思い出しました。困難の訪れた時 楠木の根の下にお前の望む物が埋まっている。辻風は犬と髑髏蟹に背向けると一目散に大きな楠木へ駆け出して行きました。

その辺にある 手頃な石を見つけると大慌てで土を掘り起こし、終いには両手で掻き出し、ようやく何か硬い感触が手に伝わると それを遂には拾い上げました。

出てきた物は土や泥に塗れていますが、立派な劔であります。辻風は劔をたずさえると、髑髏蟹の方へ向き直り駆け出していきました。

 

 一方で、犬は血を垂らしぜいぜいと肩で息をするように髑髏蟹と向き合っていますが、それでも背中の毛を逆立て虎のように唸っています。

犬は自分と刺し違えてでも この大蟹を殺すつもりでいるのです。

 

「俺の甲羅を砕ける者なぞ どこにいよう。さあ、はやく喰らわせてくれぬか、さあ。」

 

白濁し悪臭を伴ったよだれをそこらへ撒き散らし 髑髏蟹は鋏を振り上げました。

と、犬の目に一筋の光が髑髏蟹の頭に見えたかと思うと、その光はそのまま真一文字に下へ通り抜け、すっと消えたのです。それと同時か一拍置いて、眼前で突如 髑髏蟹の体は激しい血しぶきを上げて真っ二つに割れて倒れてしまいました。返り血を滝のように浴びた犬が前を見ると、劔をだらりと構えた辻風が肩で息をして立っているではありませんか。

互いは顔を見るなり髑髏蟹を跨いで駆け寄ると 涙を流して抱き合いました。

 

 

 

 

 

 

 

七、

 

 

 

 

 大宰府天満宮に棲む髑髏蟹ノ卍郎を 辻風とその犬が退治した という噂が、その後 街中に広まったということは言うまでもありません。また、髑髏蟹を真っ二つに斬った辻風の劔がどこでそれを得たのか十拳剣であったことも 人々の関心を誘いました。十拳剣といえば、遥か太古に須佐之男命が八岐大蛇を退治した際に用いた剣で、使いこなせば大海をも一太刀で割ることができるという神剣であります。しかし、十拳剣には意思があり、剣に気に入られた者でなければ抜くことはおろか、持つことさえできないのです。

 

 辻風はどこそこで悪さをする魑魅魍魎や化け物がいるらしい と聞けば十拳剣を振るい退治して周りました。その噂を耳にしたお殿様は、ある日 辻風と犬を城へお呼びになると、竈門仙人や十拳剣の話 それから犬の美しい歌などを大そうお気に召し、終いには用心棒として辻風をお雇いになりました。辻風はお殿様を生涯に渡って守り抜き、お殿様にとっても辻風は何より自慢の用心棒であったそうです。犬は片時も辻風のそばを離れず、時折美しい歌を歌っては皆を喜ばせました。

 

 

ただ、宝満山の竈門仙人なのですが、その後は 二度と姿を見たという者はおらず、なにぶん昔の話になりますので どこのどなたであったのか、今ではよくわからないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 街のはずれの

背のびした路次を 散歩してたら

汚点だらけの 靄ごしに

起きぬけの露面電車が

海を渡るのが 見えたんです

それで ぼくも

風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて

蒼空を翔けたいんです

蒼空を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 辻風と犬 」  ー 完 ー

 

 


挿入歌

 

 

 

 

 

一、 彦が歌った歌

 

 

Audrey Hepburn   ーMoon Riverー

 

 

 

 

 

四、 彦が歌った歌

 

 

Frank Sinatra  ーMy Wayー

 

 

 

 

七、 彦が歌った歌 

 

 

はっぴいえんど  ー風をあつめてー