· 

雨の日

 

 

昔、あるお客様から、こんな話を聞きました。

 

 

 

「雨の日が楽しみになったんです。雨具を買ってから。」

 

 

 

 

短い一言だったのですが、僕の中でなぜかずっと消えずに残っていた言葉でした。

 

 

 

言葉というのは、不思議です。

意味の重さ?なのか、置かれる場所?なのか、あたまの中に自然と残り続ける言葉があります。

 

 

 

僕のなかで雨は、どちらかといえば避けたいもの。

濡れたズボンや靴、それらとともに過ごす一日は、どうしてもどんよりとしてしまいます。

 

 

 

高校時代、自転車で通っていた僕は、雨の日になると学校指定の雨合羽を着ていました。

学校に着くと駐輪場でずぶ濡れの雨合羽を仕舞うのに悪戦苦闘したものです。

 

 

 

とりわけ合羽のズボンは厄介で、裾が絞ってあるカタチなので、まずは靴を脱ぐことから始めなければなりません。

その際には、靴下が濡れないよう 慎重に。

とは言え、どうやったって濡れます。

 

そうして 駐輪場のほこりや土がついた雨合羽を仕舞うときのちょっと惨めな数分間。

 

今も体のどこかに残っている気がします。

 

 

 

だから僕にとって「雨具」とは、雨を防ぐものというより、ひとつの気分の名前だったのかもしれません。

 

 

 

少し灰色で、憂鬱な輪郭で。

 

 

 

 

 

僕は 今も職場まで自転車で通っています。

晴れの日も 雨の日も。

 

 

そして、僕も雨具を替えてみることしたんです。

あの言葉が、ずっと残っていて。

 

 

選んだのは、アメリカ軍のゴアテックス製のレインウェア。

パンツの側面に大きくジップが採ってあり、全開にすると靴を履いたまま脱ぎ着ができます。

 

 

 

 

雨の日が驚くほど、快適になりました。

 

 

 

 

 

 

雨を避けるための道具が、雨を過ごすための相棒に変わった気がします。

 

 

世界の手触りが変わりました。

 

 

 

それだけでなく、いつも面倒だとしか思っていなかった雨の日の景色が、少しずつ違って見え始めたのです。

 

 

 

 

 

 

 

雨の街は、水族館でした。

 

こもった光がにじんで、もののかたちは水の中。

 

おともすこしとおくに聞こえます。

 

自転車は、一匹の魚みたいに雨を泳いで。

 

 

 

 

 

 

 

 

景色そのものは、何も変わらないのに、まるで別の景色です。

道具が変わることで、見える景色まで変わる。

そんなことが、あるのだと知りました。

 

 

 

 

 

ヘアデザインも、少し似ているのかもしれません。

 

湿気の多い日には、髪が広がる。

 

前髪が決まらない。

 

せっかく整えても、崩れていく。

 

そういう日は、雨そのものが疎ましく思えることもありますよね。

 

 

 

でも、もしかすると雨が悪いわけではないのかもしれません。

 

ただ、髪との付き合い方を、まだ見つけられていないだけで。

 

雨の日でも、静かにまとまる髪。

 

そういうスタイルにひとつ出会えたなら、雨に対する感じ方そのものが、少しだけ変わるかもしれません。

 

 

 

 

「今日は雨だから、気が重い」

 

 

 

ではなく、

 

 

 

「雨の日も、悪くない」

 

 

 

 

そう思える小さなきっかけを、髪を通して差し出せたら。

 

それは、美容師という仕事をしている者にとって、とても嬉しいことです。

 

 

 

 

雨の多いこの時期は、髪の悩みがいちばん多く生まれます。

 

だからこそ、一人で抱え込まずに、僕らに話してほしいです。

 

 

 

 

 

髪が変わると、日々の景色まで、

少しだけ変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は、そんな瞬間も

何度も見てきたので。

 

 

 

 

 

多謝。